土壌汚染に強い弁護士トップ > 土壌汚染・地中埋設物の基礎知識 > 土地売主の土壌汚染浄化義務・地中埋設物除去義務とは
通常の取引の際、土地の売主には、土地に土壌汚染や地中埋設物が存在するか否かについて、土地を掘削する等の調査を行う義務までは課されておりません(東京地判平成25年3月28日ウエストロー・ジャパン等)。土地を売却した後に土壌汚染や地中埋設物が発見された場合には、その費用を賠償するという形で瑕疵担保責任を負担することにはなりますが、土壌汚染や地中埋設物を売却前に除去しておくことは義務ではないのが原則です。
もちろん、契約書において、土地の売主に調査義務や土壌汚染浄化義務・地中埋設物除去義務を課すことは可能ですし、近年、土壌汚染・地中埋設物への社会的な関心の高まりに応じて、このような条項が設けられるケースが増えてきています。
もっとも、このような条項を売買契約書に規定しなかったとしても、売主が土壌汚染や地中埋設物の存在を事前に認識していたような特殊な事例では、裁判所の解釈によって売主に土壌汚染や地中埋設物の存在について調査義務や除去義務が課されることがあります。
たとえば、東京地判平成20年11月19日判タ1296号217頁では、売主が、本件土地に環境基準値を上回るヒ素が含まれている土地であることを事前に知っていたことを理由として、売主は、信義則上、売買契約に付随する義務として土地の土壌中のヒ素について環境基準値を下回るように浄化して買主に引き渡す義務(土壌汚染浄化義務)を負うと判断されました。
さらに、東京地判平成 7年12月 8日判タ 921号228頁では、売主が、かなり大規模な地中埋設物が存在する可能性を相当程度の確率で予想しており、また、買主としては、従前の土地の使用形態を維持しうるような状態に整備する必要があったという事案において、売主の地中埋設物の調査・除去義務を認めました。
土壌汚染浄化義務・地中埋設物除去義務は、説明義務と異なり、土壌汚染を浄化し、あるいは、地中埋設物を除去することそのものを契約上の義務と捉える考え方であり、買主に対し、土壌汚染・地中埋設物が存在することや土壌汚染浄化工事・地中埋設物除去工事を行ったこと等を説明しても免責されないと思われます。
また、土壌汚染浄化義務違反に基づき土地売主に損害賠償を求める場合は、債務不履行責任によることになりますから、商行為によって生じた債権に該当するならば、商事消滅時効の5年、これに該当しない一般の民法上の債権ならば、民法の原則どおり10年の消滅時効にかかることになります。さらに、瑕疵担保責任と異なり、買主には、土地引渡し後6か月以内に瑕疵の原因となる土壌汚染を発見し売主に通知する義務(買主の検査通知義務)は課せられませんし、土壌汚染の発見から1年間の期間制限もありません。
土壌汚染浄化義務・地中埋設物除去義務の恐ろしいところは、売主の立場としては、これらの義務を履行することは容易ではないということです。
すなわち、土壌汚染調査や地中埋設物調査は、対象地の土壌粒子を網羅的に検査するものではありませんから、完璧なものではありません。
一般に土壌汚染対策法で定められた調査であれば、相当程度の確率で汚染を明らかにしてくれると思われますが、それでも、実務家の間では80%くらいの確率ではないかと言われることもあるようです(小澤英明『土壌汚染対策法と民事責任』(2014年、白揚社)232頁)。
いくら土地を売却する前に多額の資金を投じて土壌汚染・地中埋設物の浄化工事・除去工事を行ったとしても、土地引渡し後に再度土壌汚染・地中埋設物の存在が発覚すれば、売主は汚染浄化義務違反・地中埋設物除去義務違反となり、再度浄化工事費用・除去工事費用を負担しなければならない可能性が生じます。
この場合、売主としては、事前の土壌汚染調査・浄化工事に要した費用に加えて予想外の賠償義務を背負わせられることになります。一般に土壌汚染調査・浄化工事費用は高額であり、規模によっては、億単位の金額を要することもありますので、このような賠償義務を負担されることによって自社の事業に致命的な悪影響が生じる可能性もあります。
このように、土壌汚染浄化義務・地中埋設物除去義務が認められると売主にとっては非常に過酷な義務が課されることになりますし、上記のとおり、契約書に売主の義務としてこれらの義務が明記されていない場合であっても義務が認められる場合があります。
したがいまして、売主の立場としては、このような義務を認められることのないよう、売買契約書の内容については、締結前に専門家のリーガル・チェックを受ける等、細心の注意を払う必要があります。
とりわけ、近年土地引渡し前に売主側で土壌汚染調査を行うケースが増えていますが、このようなケースでは、東京地判平成20年11月19日判タ1296号217頁の考え方によれば、裁判所の解釈によって売主に土壌汚染浄化義務が課されるリスクがあると考えられますので、売主としては、二重に土壌汚染調査費用及び浄化工事費用を負担させられることのないよう、少なくとも契約書で売主は土壌汚染浄化義務を負担しないと明記する等の措置を講じるべきでしょう。